肝心(かんじん)なところのルビを打(う)ち忘(わす)れた話(はなし)


 先月せんげつえんだよりで、「やっちまったー!!」と発行後はっこうごづいた失敗しっぱいが、わたしの名前なまえ((えい)())にルビ(みがな)をた(ら)なかったことです。

 えん作成さくせい文書ぶんしょは、設定せっていした基準きじゅん沿ってなるべくルビをっています。いま漢字かんじ変換(へんかん)自由じゆう漢字かんじ入力にゅうりょくできるようになりましたが、採用さいよう漢字かんじについては様々さまざま事情じじょう()まえて配慮(はいりょ)するべきもの。名前なまえなどの固有こゆう名詞めいしかたなどはその(さい)たるものです。

 一方で、「読みにくい(可読性が悪い)」という理由でルビの使用を嫌がる方々も一定数おられます。確かにルビの分、文字が混み合って読みにくく感じることはあるかも知れません。しかし、よく考えてみてください。少年マンガや少女マンガには漢字の全てにルビが打たれています(全ての漢字にルビを打つことを全ルビと言います) それを読みにくいとして、少年・少女マンガを読まない人はどれほどいるでしょうか。

 さらに言うと、著名な科学雑誌であるNewtonは、表紙に至るまで全ルビです。文章の内容理解において、ルビが打たれていないことで内容理解に困難が生じることはあっても、ルビを打たれることで困難が生じることはない、つまり、読みやすさの調整さえ読み手に配慮できていれば、より多くの読者のためにもルビはあった方が良いのです。

 日本語を母語としていない人々にとって、常用漢字ですら2,136字、一般的には何万字とある漢字の習得は学習障害(LD)の中には、漢字を文字として認識できず、

 困難こんなんさをできるだけ解消かいしょうすること、これはバリアフリー(社会的しゃかいてき障壁(しょうへき)撤去(てっきょ))のみとして非常ひじょう大切たいせつなことだとおもいます。

(2023年5月 再掲さいけいにあたり加筆修正かひつしゅうせいしました)